●レスピーギの交響時、『ローマの松』の第3曲、「ジャニコロの松」は、最初にピアノアルペジオ、そしてクラリネットのメロディに始まり、フルート、チェロへと受け継がれていきます。その間、下を弦がぎっしりと埋めて、エーテル状の音を鳴らします。
●ピアノのカデェンツアは、「ペダルを踏みっぱなしにせよ」と指定されています。ペダルを踏んで、いろんな音をならすと、濁ってごちゃごちゃになることが多いのですが、ここはいくらペダルを踏みっぱなしにしても、透明に響くよう、完全音程を中心に書かれていて、弾けば弾くほど、抜けた状態で上へすうっと響きが消えていくような感じです。
●あるヨーロッパの最高級スピーカー(かりにAと呼びます)と比較してみますと、グランセプターは現代的な意味での透明度が高く非常に醒めたところから音をつくり上げています。 ●Aは、それ自体の世界があって、その中から音を十分聴かせますが、どこかに色づけがあります。一方、グランセプターは、楽器、あるいは、譜面が指定しているとおりに、音を鳴らす精緻な表現力、音像定位のよさによって、ピアノの下を埋めているエーテル状の弦がそのままピアノの音色をささえ、浮遊しているのを、はっきりととらえます。 ●クラリネットは音域が広く、音域による表情のちがいがありますが、この曲では非常に明るい中高域から始まって、さらに上へ上へと上がって、エーテル状の弦の響きのなかから、軽さが自然に鮮やかに浮き上がってきます。 ●やがて、フルートに移ります。クラリネットでの一点の針の先からすうっと出てくるような音でなくて、ふわっとわき上がったように、音が出てきます。グランセプターは、その音色の呈示のちがいを非常に美しく描きだします。 ●それが、この曲の後半にずっとつながっていくわけで、クラリネットの一本の音色から、中低域にずうっと拡大していって、非常に豊かな音色に広がっていくという前提がここでははっきりとわかるわけです。
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