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 タイムドメインは研究所創立以来、良い音を求めて研究を続けています。
 基本となる理論技術の1つは「時間領域」の考えです。
 一連の記事は「ラジオ技術」誌83年7−10月号にに連載したものです。「時間領域」について分りやすく書かれていますので、再録しました。
 10余年を経ていますが、周囲情勢だけを時代に合わせて読み替えていただけば、理論と技術はそのまま通用しますので、原文には手を加えず、以後の新しい資料や解説は本文中にリンクしておくことにしました。(980904)
 高忠実度再生への新しいアプローチ(2)

時間の窓で切り取ってみると位相差が問題になる
「ラジオ技術」 83年8月号より

音派か音楽派か
正弦波に代えてインパルスが主役
位相と時間に関するひずみ
f特フラットでも音は変る
自然な音と上等な音楽
12dB/oct逆相接続がよい
カマボコ型周波数特性と台形周波数特性



音派か音楽派か

 音楽再生への取組み方については、従来2つの大きな流れがあったようです。1つは物理特性。測定データを主に進むもので、もう1つは音楽性。聴感を主に進むものです。
 前者はレコードに録音された信号をできるだけ忠実に再生する、色付けを避けるということでしょう。日本のメーカー製品はだいたいこちら側です。f特を重視すれば、コーン型やドーム、平板型ユニットを使った3〜4ウェイが主になってしまいます。これらのデータはなかなか良いのですが、もう1つ素晴しい音楽にはならないようです。忠実度を求める考えは正しいのですが、音楽を再生するには忠実度がまだまだ不足です。音派とも呼べそうです。
 後者は録音信号そのものにはあまりこだわらない派でしょう。物理的忠実性より音楽そのもの、情感的忠実性を優先します。f特ひずみにはこだわらないので、個性的ないろいろな方式があります。室内残響付加音を含めて意識的、または無意識的に色付けをうまくしています。レコード信号の欠点まで補ってやろうとすることもあります。海外製品はこちら側が多いようです。f特、ひずみ特性はそれほど良くないのに、なかなか良い音楽を聴かせます。前者に対して音楽派と呼べるでしょう。忠実度が不足するので、ほんとうの音楽再生には不満が残ります。

第1図 忠実度再生の考え方

 新しいアプローチでは音楽そのものを忠実に再生しようとします。楽器の音色、奏法、音像、音場、バランス等、音楽を構成する要素をすべて忠実に再生することにより、音楽そのものを再生しようとするのです。
 ステレオ再生音楽はこんなものだ、と本物の音楽に対してハンディを与えることはしません。本物を再生すべきものとして聴き込み、ほんとうの音楽再生に必要なもの、欠けているものを探ります。何故そうなるかを考え、実証し、システムに具現して行きます。
 従来の研究の多くは、システムの始点は信号発生器であり、終点はマイクに連なる測定器でした。新しいシステムの始点は音楽で、終点は人間の心です。本物と大きく異なる形態のオーディオ・システムで音楽を置き換えようとするのですから、たいへんです。研究も、音楽から人間の情報処理系、心理まで必要です。

正弦波に代えてインパルスが主役

 従来の物理量は、正弦波を主にした周波数領域のものでした。すべての信号は正弦波の集合であるから、すべての正弦波を正しく再生すれば良いのだ、との考えです。
 測定は簡単で良いのですが、音楽信号のような過渡現象の吟味には役不足だったようです。新しいアプローチでは時間領域での考察吟味が主になりますので、正弦波に代ってインパルス波が有用です。すべての信号をインパルスの集合と考えます(第2図)。インパルスを正しく再生できれば、過波的な現象を含むすべての信号が正しく再生できます。周波数領域だけで考えていると、大きな誤りをしてしまいます。

第2図 正弦波の集合とインパルスの集合

 リスニングルームでスピーカからピンク・ノイズを出し、無指向性マイクでこれを受け、フラットになるようにグラフィック・イコライザで調整している人があります。周波数領域派の極端な例です。
 良くわかっている人は別ですが、そうでなければ変なことになります。時間的に先に出て室内に残っている音といま出たばかりの音をゴチャまぜにしてイコライズしているわけで、時間を無視した考えの例です。前方の音と後方の音もいっしょになってますので、方向も無視しています。これは極端な例ですが、これに類することは周波数領域の考えの中では常にあります。以下はその例です。


位相と時間に関するひずみ

 ヘルムホルツが「楽音の音色はその成分音の振幅によって決まり、その成分間の位相には関係しない」と述べて以来、位相は音色に関係しないと考えられて来ました。
 事実第3図のような極端な信号でも差がないという研究もあります。追試してみますと、わずかな差が認められましたが、これは位相差を検出しているのではなく、波形の違いで生じる耳や再生装置の非直線ひずみを聴き分けているのかも知れません。このようなことから、従来の忠実度再生においては位相ひずみはほとんど不問にされていたのですが、音楽再生を考えた時、これは大きな問題であることがわかりました。

第3図 位相関係が逆転した信号第4図 実験に使った位相シフタとその特性
第5図 位相シフトしたバースト波の波形とf特

f特フラットでも音は変る

 第4図の位相シフタを作りました。振幅特性(通称f特)は変らず、位相特性だけが180度連続変移します。
 これを通して種々の音を聴いてみました。正弦波では当然のこととしてまったく差はありません。複合波でも第5図のような単純なものはほとんど差はありませんが、過渡的な音では大きな差があります。インパルスはもちろんですが、単純な1波のトーンバースト波でもよくわかります。一般的なスピーカ・システムではもともと位相ひずみがありますので、このような実験をしても差はないとの結論になるでしょう。
 第5図に示すように、位相シフトした信号をフーリエ分析しても、その成分とまったく差がないことがわかります。
 それなのに、どうして音が異なって聴こえるのでしょうか?
 時間にその秘密があります。第6図を見てください。上の図は第5図と同じく全時間的に観たもので、周波数成分には0.1dBの差もありません。しかし、短い時間の間にも音色が時間とともに変化していると考えられますので、時間窓を作りそれぞれの時間における周波数成分を見てみますと、平均して数dB、大きい時で20dBもの差があるので、誰でもわかるほどの音の差であることがうなづけます。
 実際の音は第7図のように聴こえましたが、この結果と合います。この分析によれば、時間的に高い音が先に低い音が後に聴こえていることになります。第8図はf特が良いといわれる代表的なシステムですが、位相ひずみのため、第7図と同じ現象が見られます。こうして見ると、2つのスピーカ・システムのf特がほとんど同じなのに大きく違ったように聴こえる原因もわかります。このように、短い時間に限った音色は瞬時音色と呼べば良いかと思います。

第6図 位相シフトした信号の時間的観測。新しい方法で観測してみると、かなり違った様相が現れる
第7図 位相シフタを通したときの音の聴こえ方
第8図 従来のSPシステムを通した音の時間的観測

自然な音と上等な音楽

 前例のごとく、シフタを通して音楽を聴くと、高い音と低い音が強調されて不自然に聴こえます。
 グラフィック・イコライザで補正しても、これは直りません。たとえば、女性ボーカルを聴けばサ行が強調され、女性的でない低音も響きます。これらは再生音の特徴そのものではないでしょうか?
 また、高い音が先に聴こえて低音が遅れると、音楽はすべて安物になってしまいます。上等な演奏や楽器は音の立上がりに低音成分を伴っているのですが、これが遅れると、安物と同じになります。
 たとえば、一流の声楽家の声は、和洋を問わず横隔膜を使って発声するので、ウッというような低音を伴ったしっかりした音で立上がります。
 素人はのどと肺で空気をしぼり出すので、高音の先行する不安定な立上がりとなります。木管や金管も、一流演奏者は横隔膜とタンギングで上等な音を出します。弦楽器でも弓が弦に吸いついて十分力の加わったところからパッと動き出すので、頭に低音がしっかりと付いています。奏者が下手な場合や弓が安物の場合は貼りつきが少ないので、このような音は望めません。
 一般的に楽器も安物は高い音がきつく、低い音が伴わず、あってもドロドロと尾を引くようです。位相ひずみがあると周波数成分に時間差を生じ、瞬時音色が異なるため、ほんとうの音が望めないばかりか、上等の音楽を聴くことはできません。時間遅れ(グループ・ディレー。群遅延特性)は位相の傾斜に比例しますので、位相傾斜が緩やかか、一定でなければなりません。

12dB/oct逆相接続がよい

 マルチウェイの場合は、分割フィルタでこの現象が生じます。
第9図に分割方式の特性を示します。18dB/octでは合成特性の位相傾斜が大きいので、電気合成したものをヘッドフォンで聴いても音は連がりません。
 実際のスピーカで空間合成した場合は、ユニット間位相差が常に90度あることも加わって、一層つながりが悪くなります。
 6dB/octは合成位相は平坦ですが、ユニット間位相差は常に45度あるので実際のつながりはかならずしも良くありませんし、帯域外減衰特性が悪いので高級システムには実用できません。
 帯域外減衰特性、ユニット間位相差、合成位相特性よりみて、12dB/octが最良となります。

第9図 2つのフィルタの特性とインパルス応答

 この考えかたからすると、周波数特性を広帯域に平坦にするため多くのスピーカ・ユニットを用いてマルチウェイにする方法は、f特がきれいにつながっても時間的に正しくつなげないので、音楽の忠実再生には適しません。
 また、電気信号で計算上はできても、空間で短い寸法の波を合成することはできません。以上を考えると、長い波長で1カ所だけつないだ2wayが最も良いのではないか、との結論になります。

カマボコ型周波数特性と台形周波数特性

 振幅特性だけではなく時間、位相まで考え、合成特性の音のつながりを考えれば、18dB/octより12dB/octの方が優れているということになりました。ディバイディング用フィルタに限らず、一般的にフィルタの振幅特性の良さと過波特性の良さは一致しません。
 振幅だけを考えて、ギリギリまで平坦度を稼ぎ、先を急峻に落とすフィルタは、他の目的には良くても、音声帯域内に使うのは好ましくありません。
 減衰の傾斜は緩やかな方が位相回転軸が少なく、群遅延特性が良いのですが、同じ傾斜では肩のなだらかな方が時間位相特性は良くなります。第10図は24dB/octのフィルタで、振幅特性を最平垣にしたものと、群遅延特性を最平垣にしたものをインパルス応答について比較したものです。
 種々の音楽で聴き比べると、群遅延平坦のカマボコ型の方が自然で、音楽的忠実度が高いと思われます。低域の平垣部を稼ごうとして肩のはり過ぎたスピーカ・システムの低音が良くないのは、過渡的な信号を扱うシステムであることを考えれば当然の評価です。(つづく

第10図 台形f特とインパルス応答の関係
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