「BE・ALL」No.81 音の奇跡 Part.2
音が引き起こす奇跡
生まれる前からも聴いていた音。
音は私達にすてきな贈り物をくれました。
それは音楽。
その音が作り出す奇跡の音楽の物語は、
確かに存在しているのです。 TEXT:MERU.H
21世紀の音が聴こえるオーディオリアライザー誕生
由井啓之
4年程前になるだろうか。本物の音を聴くことができるオーディオが存在すると聞いて、大阪に飛んだ。好奇心いっぱいの私がそこで聴いた音は、まさに私を興奮のるつぼに落とした。大きなスピーカーから聴こえてくる音は、CDであろうと、レコードであろうと、古かろうと、新しかろうと、録音している時のそのままの音なのである。まるでその場に時を越えて私がいるかのような…。
その時私は"生きている音"を生まれて初めて聴いた。音自体も、自分の本物の音を表わせた喜び、聴かせることができた嬉しさで、ピョンピョンとはねているような、それくらいの生命あるリアルタイムの音だったのである。そんな画期的な音作りに情熱を注いでいたのが、由井啓之さんだった。
ところが当時のスピーカーは一般の私が持つには大きすぎ、値段も一組240万という高価なものだった。とはいえ、ヨーロッパのハイエンドショウで金賞を受賞したスピーカーGS1の音は、スピーカーの革命と言える程、素晴らしいもの。そのくらいの値段は当たり前とも言えた。しかし、由井さんの信念は違っていた。
「何百万円というものは世界で何人かの人しか買えませんよね。それじゃあ、つまらない。やはり世界最高の音でありながら、欲しい人は誰でも買えて、どこに置いても聴くことができるものを作りたかったんです。同じ理論でもっと小型化できるという見通しはあったのですが、製品にするのはなかなか大変でした」
由井さんの産み出したスピーカーから出る「音」の理論は、各メーカーが使っている従来の理論とは全く異なるものだという。
「我々の理論の元は、会社名にもなっている"タイムドメイン"という時間領域に基づく理論です。従来の理論は"フレケンシドメイン"という、周波数領域に基づく理論。このように根本の理論が全く異なるので、それに基づく技術も形態も違ってくるのです。一番違うのはやはり音です」
本物の自然の音が出てくる、タイムドメイン理論に基づくスピーカー。よくCDの中に、この人はCDより生のコンサートで聴く方がいいなあと思うものがある。けれどそれ自体が多分おかしなことなのだろう。CDに録音する時、アーティスト達は、全身全霊で最高の音づくりをしているはず。そんな演奏者の心が伝わらないCDなどは、価値は半分にも満たないかもしれない。由井さんの作ったスピーカーから出る音は、その音に溶け込んだアーティスト達の心をそのままリスナーに伝えている。その時初めてCDは本来の役割を果たすのではないだろうか。
「ですから僕はこれらを"心のオーディオ"と呼んでいるのです。また我々のオーディオは、たくさんの人々の心の繋がりで成り立っています。現在アルバイトも入れて8人のスタッフがいますが、とても8人だけでこのオーディオは作れません。多くの人々の繋がりの中で口コミが広がり、それを聞いて買ってくださっている。それも"心のオーディオ"と呼ぶ理由のひとつなのです」
昨年の12月から製品化されたスピーカーは、4年前に見たものとは形が全く違った。同じ理論で作られているのだが、21世紀のスピーカーと呼ぶにふさわしい形となっていた。しかしそこに到るまでの道は、決して平坦とはいえなかった。4年前に音の研究を続けるために会社を辞め、スポンサーになってくださった方の援助で研究を継続していた由井さんだったが、それも限界があった。スポンサーは離れていき、資金が激減し、スタッフも離れていく中、98年に完全に独立。以後は自力で開発を続けた。
「会社はいつでもたためるから、できる限りやろうとがんばっていたら、ある日倒れてしまったんです。風邪で高熱が出てうんうんうなっていた時でした。あるアイデアがパッと思いついたんです。それですぐ材料を買いに行き、熱のある体で組み立てたら、すごい音が出た…。自分でもびっくりしました。熱のある頭が空白状態になったからこそ出てきたのでしょう。アイデアって考えても出ないんですね。もうダメというギリギリになって何も考えなくなった時にパッと浮かぶんです」
新しい形のスピーカー。その形は四角ではなく、筒型だった。
「このパイプの形は無理してできたのではなく、自然に必然的にできたんです」
ウィーンのコンサートホールで聴いたいつまでも心に残った本物の音。その時と同じ感動をたくさんの人に味わってほしいという想いで始めた本物のスピーカー作りは、21世紀に入った今、いよいよ本格的に稼動しはじめたようだ。
「自分の心がきちんと伝わるスピーカーだと、シャンソンの歌手の方が実際に御自分のステージで使ってとても喜んでくれたんです。重症身障者の施設の方からも、施設の子供達に聴かせたら、皆が涙を流していたという報告がありました。そういうのを聞くと、とても嬉しいですね」
40年前のレコードから流れるジャズの演奏は、その場で聴いている錯覚を起こさせるほど、リアルだ。本物の音だからこそ、その演奏者が、シンガーが、本当に心をこめて音を出しているかどうかがわかってしまうスピーカーの出現で、CD作りにもアーティスト達の気合いの入り方が変わってくるかもしれない。
「蓄音機から始まって、電蓄、ハイファイ、ステレオ、そしてオーディオとなって久しいですが、21世紀の始まりに、新しい展開が始まっていくと思います」
オーディオリアライザーと名づけた機器は、もともとあった音をそのまま再生するまさしく21世紀の心のオーディオと言えるだろう。場所も時もそのままリアライズする音こそ、私達に本物の感動を与えてくれるに違いない。21世紀の新しい音の世界の扉が開こうとしている。
よしい ひろゆき
1936年生まれ。再生音楽から時間ひずみ、空間ひずみをなくすことにかけた男。創業者、音響エンジニア。
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