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「BE・ALL」No.57 音とヒーリング

「心のオーディオ」から流れる本物の音を聴く!!

由井啓之 

 そのスピーカーから流れてくる音楽を聴いていると、その情景がリアルに頭の中で再生され、その香りまで感じたというショッキングな話を記者が聞いたのは去年のこと。本誌にもたびたび出ていただいている静岡在住の脳神経外科医、渋谷直樹氏の奥様である和嘉子さんからの情報であった。結構オーディオに関心の深い記者はその話を聞いて驚きつつも、本当かいなというのが正直なところだった。確かに聴覚がその音をリアル度100%で感じ取れば五感が連動されて、イマジネーションが高まり、香りも想像という枠を越えて再現される可能性はあるかもしれない。こりゃあ、やっぱりまず体験するっきゃない。そして何よりそういう信じられない音が出るオーディオを研究している、そういうすごい所があるなんて、それだけでも行く価値ありと、今回その渋谷御夫妻に頼み込んで連れていっていただくことになった。
 行き先は大阪にあるオンキョーの1研究室。オーディオ業界の中でもマニアに人気の高い性能をもつ機器を製造している。信じられないくらい湿度の高い、膚にまとわりつくような暑い空気に辞易しつつも、ひたすらその音を聴くのを楽しみに記者は向かっていった。ある一人の人物のもとへ。その人物とは、まさしく21世紀の、未来につながる本物の音の世界の扉を開く人になるであろう、由井啓之氏である。

ヨーロッパの音を日本で聴く!"心のオーディオ"登場

 その研究室は20畳くらいあるだろうか。入ると部屋の前方にデンとオーディオがセットされている。これがそのオーディオかしらと観察していると、その真ん中に座るように促された。何処にすわってもよく聴こえるそうだが、やはりまずここが1番よいでしょうと。
 座ってしみじみ、見た。でっかい。いや大きなスピーカーである。ドワーッと迫ってくるその迫力は、小さなスピーカーしか見たことのない記者にとっては、確かにここから大きな音が出てくるに違いないという確信がフツフツと沸き起こるほどの大きさなのである。コンサートや舞台の音響関係の人なら見慣れている大きさだろうが。しかし、このスピーカーは決してその大きさに価値があるわけではない。そのスピーカーから伝わってくる音を1度聴いたその瞬間、真実の衝撃を、真の価値を記者は感じたのである。
 まさに夢の音。かつてこんなにクリアでリアルな音を聴いたことがあっただろうか。流れてくる音楽は生バンドのジャズ演奏だ。目をつぶって聴く。え−っこりゃ何だ!!音が耳の中で聴こえていないのである。頭の周りの空間に音が広がりをもって存在し始めているのだ。その広がりの中にまさしく黒人のジャズマンが、体全体でリズムをとってジャズを演奏しているシーンが、くっきりと浮かんでくるではないか。3次元の世界がイマジネーションを越えて、瞬間的に浮かび上がってくるのだ。それ程その音はリアルなのである。
 この夢のようなスピーカー「GrandScepter GS-1」は、すでに12年前に開発され、欧州でも売り出されていたが、他の機器の性能が追いつかないので「10年早いスピーカー」と評されていた。しかし今年のフランスのオーディオ雑誌『ハイ・ファイ・マガジン』でトップページに紹介され、改めて賞賛を得た。由井氏は言う。
 「本物の音を聴いてから初めて、その音楽の善し悪しは決まっていくんです。本物の音楽を聴けば誰もが必ず感動します。涙が出ます。心が癒されます。そういうオーディオを作りたいと思いました。ですから私はこのオーディオを「心のオーディオ」と呼んでいるのです」

(フランスのオーディオ雑誌「ハイ・ファイ・マガジン」のトッブページに紹介された。辛□評論家の多いフランスに賞賛されるというのは、実はものすごいことなのだ)

 ではなぜ由井さんはそれ程までにこの本物の音を求めたのだろうか。15、6年前、オーディオ開発にたずさわっていた由井さんはそれぞれの地方で最高だと言われているオーディオの音を聴きながら日本中を回っていたが、どんなに値段が高くても立派でも、本当にいい音を聴くことはできなかった。若い頃からジャズに傾倒していた由井さんの心に感動を起こさせる音は、日本中のどこにもなかったのである。その後ヨーロッパの音楽を1カ月程聞き歩きをした。初めて聴いたのがパリのオペラ座。そこで聴いた音に衝撃を受けた。
 「これはすごい音だと思いました。日本のコンサートホールで聴く音とケタ違いの音だったんですね。一番良かったのはウィーンの楽友協会ホール。楽器のひとつひとつの音がクリアで、フルートの音はあんな音をしていたんだと新鮮な驚きの連続なんですね。ひとつひとつの楽器の表情が非常に豊かに出てくるんです。音楽がこんなに素晴らしかったとは知らなかったといっていい程、素晴らしい音でした」
 どの席に座っても同じく素晴らしい音色が聴こえる。しかし、わざわざウィーンに行くのはなかなか難しい。じゃあ、こんなクリアな音の出るスピーカーを作ろう。皆にこのウィーンのホールで聴けるような素晴らしい音を聴いてもらいたい、そう考えた由井氏の、夢を求めてのオーディオ研究が始まったのである。

新しい音響理論でよりリアルな音の世界が生まれた!!

 「GrandScepter」は日本は元より世界のグランプリを得た。が、このスピーカーに対応できるアンプはまだ作られていなかった。それで3年前から今度はアンプの製作を始めたのである。
 「私は従来の音響工学とは全く異なる理論で作っています。今までの音響工学と違っています。簡単にいうと、今のオーディオは元々の音がひずむから音が悪い、だからひずまないように作ればいいという考え方。ひずむというのは、周波数のひずみということで高い音が小さくなって元の音に戻らないとか、低い音が出ないということ。波形がつぶれているだけだから、これをちゃんと元に戻せばいい音になるというのが今までの考え方です。でも私の新しい考え方は情報工学から始まっているんですね。エントロピーの考え方です。
 たとえば砂で作ったお城がありますよね。放っておくと崩れていき、最後にはなくなります。それと同じ。元々の音の振動がひずむのではなくどんどん崩れていくんですね。スピーカーから出てくる時はすでにもう崩れてしまっているんです。ですから細かい部分などの音は、元が何であったかもうすっかりわからなくなってしまっている。痕跡もなくなってしまうわけです。そのため、ここのオーディオでは誰が聴いてもちゃんと聴こえる音が、従来のオーディオでは全く聴こえないんですね。そんなことありえないと思っているでしようけど、本当にそうなんです。つまり、聴こえない音とは振動がひずんでしまっているのではなく、崩れてしまっているからであって、それを崩れてなくならないようにと一生懸命研究しているのが、このアンプなのです。こういう解釈は今までのどのオーディオや音響の本を読んでもどこにも書いてありません」
 40年前に録音されたというディスクを聴かせてもらった。最新録音と思い込んでしまった程リアル。録音機材は確実に今のものよりは性能的に低いはず。
 「録音されていたのですが、再生できなかったということです。40年間誰もこんな音が入っているとは知らなかったはずです」
 コペンハーゲンのジャズクラブでの生演奏のCD。最初に耳に入ってきたのはカフェのざわめき。人と人が語り合う声、ウェーターの運ぶお皿の触れ合う音、お客は何を食べているのか、フォークとナイフがすれ合う音、乾杯をするワイングラスのぶつかり合う音。重なり合ったそれらの音によってひとつの場面が作り出され、再現されている。そして始まるクラリネットの演奏。快いリズム。時空間を越えて、今自分はそこにいた。
 ここでは当たり前のように聴こえる演奏以外の音は、現在の一般のオーディオでは全く聴こえないというから本当にもったいないというしかない。バックのざわめきの音が消えてしまった時、この音の世界は3次元から2次元へとすぼむのである。しかしこれ程リアルに聴こえていても、由井氏にとってはまだまだ未完成、開発途中の段階なのだ。
 「もっとちゃんと調節していけば、たとえばグラスの厚みや大きさや種類さえもわかるようになりますよ。お客同士の会話からその人がどこの出身かもわかってしまうでしょう。このナイトクラブがビシッと再現された時、本物の音楽のよさが伝わり、本物の感動の涙が出てくるはずです」

(グランドセプターから出てくる信じられない音に聴き入る。誰もが驚きとため息ばかり。ちなみにお値段は両方合わせて240万程。高いか、安いか?)
本物の音が聴けない日本のホール

 去年大阪でバリのガムラン演奏が行われた時、由井氏はここのオーディオでガムランの音を聴かせてからスタッフを行かせた。ここでのCDのガムランとホールでの生のガムランを比較してもらうためである。そして帰ってきたスタッフは言った。「あそこの音はダメでした。あそこは大ホールのマイクが演奏の音を受けてスピーカーで会場に流しているのですが、そのスピーカー自体の音が出てしまっていて、ガムランそのものの音が出てないんです。舞台の床の音がしました」と。今やコンサートの生演奏よりもここで聴くCDの音の方がより「生」なのである。バリでガムランを2年程勉強している人が「ここで初めて本物のガムランの音を聴いた」と言わしめた音をここでは聴くことができるのである。
 野原で演奏しているガムランの音を、そのまま野外で録音したらしいそのCDからは、その瞬間の音が時を越えてそのまま伝わってくる。風にたなびく野草の音、徐々に暮れなずんでいっているのか、遠くで犬の遠吠えがする。虫の声。そして何ともいえぬ叙情的なガムランの音色が、演奏者をとりまく大自然の広がりの中に流れていっているのをリアルに感じることができるのである。この音の違いはどうもオーディオの違いだけではないようだ。
 「日本のホールで生の音がよかったと思うのは、せいぜい年1回くらいです。けれどもここでは生の音を聴けます。生の音こそ本物の音。本物の音でないと心は震えません。涙は出ません。現在日本のホールがよくないのは、その設計にも問題があるからです。そもそも従来の間違った音響理論で建てていますから音がこもってしまうんですね。結局設計者もその間違いに気付いていないんですよ」
 日本のホールで聴く音は、そのほとんどがそこで使われているオーディオの音。そこで演奏している本物の音を聴かせてくれるホールはまだないという。
 「ヨーロッパでは、ホールは最初は経験で作り、今はその中のいいホールだけが残っているといえます。とにかく気持ちよく聴こえる所がいいんです。特にいいのは大理石の壁。木でしたらムクの木。合板はダメです。はぎれのよいピアノの音が、モコモコと聴こえてしまう。でも日本はお金のかからない合板がほとんどですね。楽器からいい音が出ても、板張りの壁にあたって板を振動させた音が返ってくるので、もし板が悪かったらひどい音が加わって返ってくるんですね。しかし大理石はその点、きれいな音はきれいなまま返ってくるんです」
 この研究室も全体はコンクリートのむき出しの部屋だが、前面にはバシッと大理石が貼られている。また壁にあたって返ってくる音の振動のおかしな所には、カーテンをかけるなどの調整が施されている。
 「ヨーロッパのホールで聴けるような素靖らしい音を出したい、聴いてもらいたい。そういう思いだけでこの研究を続けています」
 由井氏のように音を聴き、調整しながらオーディオを開発している研究者は、現在の日本では由井氏一人といっても過言ではない。その音に対する情熱が、新しい本物の音を聴かせ、心を揺り動かすオーディオを誕生させるのだ。

本物のオーディオには、本物の感動が…

 最近、時勢なのか、よくミュージックセラピーを行っている人が訪ねて来るという。先日も瞑想で使っているという水の音の入ったCDをかけたところ、本物の水の音ではなくシンセサイザーで作った水の音だと一発でわかってしまった。
 「このオーディオが出ることによって、ミュージックセラピーでの音楽の選択も変わっていくと思いますよ。いくらクラシックがいいと言っても、今のオーディオでは嫌いな人が聴いたらやはりイライラしちゃいますよ。でも自分の好みの音楽とか、どのオーディオの音がいいとか悪いとか、意識領域でゴチャゴチャ言っている内は、まだまだ本物の音を聴いていないと言えます。ところが十分に、音のクォリティが高くなると、ゴチャゴチャ言っていた意識領域は自然に黙り始めて潜在意識で聴き始めるんですね。音のことをとやかく言っている内は頭の中で聴いている段階。本当にいい音を聴くと誰もが心を傾け、静かになって聴き始めるんです。
 ですから大切なのは、意識領域でチェックされないようなクォリティの高い音を出すようにすることなんですね。そうすると意識領域をノーチェックで音楽が潜在意識にスーと入っていくわけです。この時初めてモーツァルトがどうのこうの、メンデルスゾーンがどうのこうのという話になるんですよ。ひどい音の出るオーディオで、メンデルスゾーンもモーツァルトもないでしよう(笑)」
 本物の音が聴こえるようになると、歌う人の心までもわかってしまう。一人の女性歌手が歌う「五木の子守歌」を研究室の中で聴いた。しみじみとした哀しいメロディに、その歌が作られた当時の貧しい生活背景をうかがい知ることのできる歌だ。しかし…
 「この女性の歌はだめだという人がいます。テクニックの問題とは別で、この人は結局「五木の子守歌」のような生活を体験したことも、現在そういう生活もしていないから、この歌の神髄を歌えないんでしょう。感情移入ができないから、心のこもらない表面的な歌になってしまうのです。美空ひばりさんでしたら歌えるんでしょうが…(笑)」
 いやはや、歌う人の内面さえもわかってしまうオーディオとは、すごいと同時に恐い気もする。特に歌い手にとって。適当にテクニックだけでいくらうまく歌っても、それがそのままわかってしまうのだ。歌う人の心が本物でないと聴く人の心には感動はおきない。ある意味では歌い手の精神性がそのまま表われてしまうオーディオともいえよう。本物と偽物が簡単に見分けられてしまうのだ。これからの時代の、まさに由井氏御本人が名づけた"心のオーディオ"である。
 本物の音、本物の音楽が導き出す本物の感動は、真に人を癒す4次元の薬かもしれない。